![]() |
![]() |
これ、狙ったネタとしか思えませんよね(笑)。
ただ、こちらはどうか分かりませんが、専属ではないものの大手の下請けだけで成り立っている業者だと、単発の依頼はスケジュールや人手の問題で迷惑だったりもします。
それで、わざとあり得ないほどの高額な料金表を用意して「うちは高いですよ?」と伝え、依頼が来ないように仕向けるケースは少なくありません。人件費は毎月かかりますが、単発の依頼はいつ来るか分からないため、それに備えて人を確保することは出来ないからです。
私の会社もそうでして、依頼を受けてもすぐには対応出来ないため、以前は広告宣伝をまったく行っていませんでした。「パソコンがおかしいから診てくれ」「3週間後に訪問します」では誰でも怒り出しますからね。
なので、こちらもその部類の業者さんかな?と想像してみたり。ただ、表現がちょっとヒネってあるだけで。真相は分かりませんが。
![]() |
初めて見かけたのが8年前。
今も同じ垂れ幕。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
| [ 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 ] |
仕事で行った生野区中川東。
商店街と呼べるほどではないものの、いくつものお店がある古い通りを見かけて思わずカメラを構えました。
どうやらこのあたり、結構古い街並みのようです。
昔はきっと賑やかだったことでしょう。
こちらはお米屋さん。
写真には上手く収まりませんでしたが、緑の看板には「創業明治12年」と書かれてあります。
日本の近代化と共に歩んで来られたお店なのですね。
こちらは酒屋さん。
上の看板が剥がれ落ちて、ほとんど残っていません。
でも大丈夫。看板なんかなくたって、ご近所さんはこちらのお店をよくご存知ですから。
橋の欄干で、強い風を受けながら佇む鳩。
胸のところ、風で羽根がめくれるようになっていますね。
もう少し居心地の良い場所もありそうなものですが、鳩には鳩なりの理由があるのでしょう。
このあたりで、忘れていた遠い記憶がうっすらと蘇ってきました。
何年前でしょうか。真夏のとても暑い日に、私は確かにこの場所にいました。
強い夏の日差しに耐えかねて喫茶店を探し、このお店に入った筈。
見かけない顔が来たと、お店のオバチャンは警戒するような視線を送ります。
ですが、ネクタイを外してタオルで汗を拭う私を見て、「こっち座り」とエアコンの風が当たる場所の椅子を引き、リモコンで風を強くしてくれましたっけ。
涼しい風に当たりながら冷たいコーヒーを頂き、私は生き返ったものです。
昔はきっと、お店がもっと並んでいたのでしょうね。
時代の流れとともに廃業したり移転したりで、そこに家が建って、街の風情は変わって行くもので。
それでも、こういう下町の情緒は失って欲しくはありませんね。
また来る機会があるでしょうか。あればいいですね。
![]() |
北桜塚4丁目交差点、ガソリンスタンドの斜め前に、こんな道標が立っています。
北に向かって見ると「すぐ みのを山 かつおう寺」、西に向かって見ると「すぐ いたみ 中山」と読めますね。
「みのを山」は「箕面山」、「かつおう寺」は「勝尾寺」のことでしょう。「いたみ」はもちろん「伊丹」でしょうね。
「すぐ」って(笑)。ここから伊丹までだと、自転車で行っても40分はかかると思いますが。
![]() |
向きを変えて見ると、南向きには「すぐ 大坂 はつとり」、東向きには「すぐ 上新田 京」とあります。
「大坂」は「大阪」、「はつとり」は「服部」でしょうね。大阪が「おおざか」と呼ばれていた頃ならば、これは江戸時代の道標でしょうか。
「上新田」はすぐ近くですからまだ分かりますが、すぐ「京」って(笑)。京都までは歩いて行けませんよ(笑)。
![]() |
このあたり、昔の熊野田村は、初めて文献にその名が登場するのが応永8年(1401年)。室町時代だそうです。
この東西の道は昔、勝尾寺街道と呼ばれていたそうですね。箕面の勝尾寺や宝塚の中山寺を訪れる人たちが通った街道だったようです。
何日も歩いて旅をする人たちは、この道標に「すぐ」と書かれた文字を読んで「あと少し」という気持ちになったことでしょう。
京都や大阪へ帰る人たちもね。例え「あと1日」かかるとしても、ゴールまでの目安が見えるという意味で、きっと大きな安心感があったに違いありません。
あてのない旅ほど不安なものはありませんからね。
![]() |
吹田市にある阪急豊津駅から西へ向かっていると、こんな建物を見かけました。
一見して木造と分かる建物。
窓ガラスがところどころ割れていますね。
柵で囲まれていて中へ入ることは出来ませんが、特にこれといった案内板のようなものも見当たりません。
![]() |
古い電話局でしょうか?
